松山地方裁判所 昭和27年(行)11号 判決
原告 鈴木ミヨ
被告 松山市朝美地区農業委員会
一、主 文
被告が昭和二十六年十二月六日訴外水戸作太郎に対してなした、同訴外人所有の松山市朝美町字沢東三千七百九十番地田一反十七歩の内八畝二十歩の所有権と、元原告所有の買収農地松山市宮田町二百八十五番地の一、田八畝二十一歩の所有権との交換に関する指示の無効であることを確認する。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文第一、三項同旨並に被告が昭和二十三年五月三十日原告所有の松山市宮田町二百八十五番地の一、田八畝二十一歩につきなした農地買収計画の無効なることを、確認する旨の判決を求め、其の請求原因として、被告は昭和二十三年五月三十日、原告の所有にして、訴外戸田伊三郎小作にかゝる松山市宮田町二百八十五番地の一、田八畝二十一歩(以下本件農地と称す)につき農地買収計画を樹立し、同年七月二日政府はこれを買収した。而してその後、昭和二十六年十二月六日被告は旧自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称す)第二十三条に基き、訴外水戸作太郎所有の農地松山市朝美町字沢東三千七百九十番地田一反十七歩の内八畝二十歩(以下交換農地と称す)と本件農地との交換に関し、同訴外人に指示をなし、協議の結果、右両農地の所有権の交換がなされた。しかしながら元来本件農地は、国鉄松山駅の表玄関に近く、将来市街地となるべき土地であるから、自創法第五条第四号による松山市土地区画整理施行地として、知事の指定する区域に入る予定になつていたところ、右農地が将来宅地となつた場合、その利益を独占しようとする小作人の猛運動により、右区域から除外せられ、買収計画、並に買収処分が遂行せられたものである。従つて、本件農地はもともと、宅地として利用するのが相当な土地なのである。さればこそ斯様な農地は少くとも五年間、農地としての売渡を保留して、経過を見なければ、徒らに旧所有者の犠牲において、小作人を利得させることになるから、結局買収後、自創法施行規則第七条の二の三により知事は売渡保留の指定をなした。ところで、昭和二十七年七月十五日公布の農地法によれば本件農地のように市街地となる運命にある買収農地は買収前の所有者に売戻すことになつたのであるがこのことは、自創法施行以来予定されていたことであり、昭和二十六年夏頃からは、農地法の立案は農地関係当局者の熟知していたところである。この時にあたり、本件農地を郵政省が宅地として利用したい意向であつたので、被告は右意向に応ずべく考慮したが、買収農地を宅地として利用させるため一時貸付をなすには、買収前の所有者の同意を要するところ、原告が同意しないことは明白であつたので、これを脱れるため、前記のように農地の交換を指示し、よつて、交換を成立させた。しかも、それも当時の被告委員会会長の兄である訴外水戸作太郎所有の農地と交換したものであつて、同訴外人は交換によつて自己の所有に帰した本件農地を、交換後間もない昭和二十六年十二月十四日代金五十万八千九百五十円で郵政省に売却し、巨利を博した。しかしながら、
凡そ、自創法第三条による農地買収は小作農等農業に精進する見込のある者に売渡する目的でなされるべきものであるにも拘らず、如上の経緯から見れば、本件買収計画は、近い将来市街地となり、宅地として利用するのが相当である本件農地を、しかも自作農創設のためではなく、宅地としての利用上、小作人等を不当に利得させる目的でなされたものといわなければならないから、法の目的に反し、買収権の濫用であつて、無効という外ない。
次に、本件農地の交換の指示は、左の理由によつて無効である。
(イ) 本件農地は、買収後五年間売渡保留の指定をうけていたのであるが、売渡保留ということは、保留期間経過後に、自作農創設のために売渡するか、或は旧地主に返還するかの制約をうけていることであるから、右期間内に売渡することはできない。而して、自創法第二十三条によれば、同法第十六条の規定により農地を売渡する場合に始めて、交換ができるのであるから、本件交換当時は、右期間内であつて、未だ農地を売渡すべき場合に到達していない。従つて、右期間内になされた本件農地の交換は違法である。
(ロ) 自創法第二十三条によれば、農地の交換は、買収農地と、小作地とを交換すべきであるのに、本件の交換農地は、訴外水戸作太郎の所有で、同訴外人の同居の長男水戸政雄が耕作の業務を営んでいる農地であるから自作地というべきである。従つて、本件交換は右規定に反し、違法である。
(ハ) 本件交換は、自作農創設のためではなく、本件農地の買収前の所有者である原告をして、右農地に対する所有権を回復すべき機会を喪失せしめ、被告委員会会長の兄水戸作太郎をして、本件農地を郵政省に売却せしめて不当の利得をさせる目的でなされたものであつて、法の目的を逸脱し、公権の濫用である。
よつて、本件農地買収計画及び農地交換の指示はいずれも無効であるから、その確認を求めるため本訴に及んだと述べた(証拠省略)。
被告代表者は、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、答弁として原告請求原因事実中、被告が、原告主張の日その主張の農地につき買収計画を樹立し、その主張の日、政府が買収したこと、その主張の日、被告が自創法第二十三条により、訴外水戸作太郎に対し本件農地と原告主張の農地との所有権の交換に関し指示をなし、協議の結果、両農地の所有権が交換せられたこと、本件農地は買収後、自創法施行規則第七条の二の三により、知事から五年間売渡保留の指定をうけていたことは認めるが、本件農地買収計画及び農地交換はいずれも、無効でないと述べた(証拠省略)。
三、理 由
被告が、昭和二十三年五月三十日本件農地につき買収計画を樹立し同年七月二日政府がこれを買収したこと、昭和二十六年十二月六日、被告が自創法第二十三条により、訴外水戸作太郎に対し、本件農地と同訴外人所有の松山市朝美町沢東三千七百九十番地田一反十七歩の内八畝二十歩との所有権の交換に関し指示をなし、協議の結果交換がなされたこと、本件農地が買収後自創法施行規則第七条の二の三により知事から五年間売渡保留の指定をうけていたことは当事者間に争のないところである。
(一) そこで、先づ、本件買収計画が無効であるか否かについて判断する。
原告主張のように、本件農地が、近い将来市街地となり、農地として利用するよりも、宅地として利用するのが相当な土地であつたとすれば、自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」にあたるから、このような農地につき買収計画を樹立することは、同条同号の指定の有無を問わず、違法であると解すべきであるが、右相当か否かの認定は一応行政庁の判断を俟つべき事項であると考えるから、行政庁がその認定を誤り、右のような農地につき買収計画を樹立したとしても、重大且明白な違法があるとはいえないから、右違法は取消のかしとはなつても、無効のかしとはならないものというべく、また、原告主張のように、本件買収計画は、小作人等をして宅地としての利用上利得を得しめる目的でなされたとしても、買収計画の内容自体が客観的に無効のかしを有しない以上、行政庁に右のような主観的意図があつたということのために買収計画自体が当然無効となるとは考えられないから、この点に関する原告の主張はそれ自体理由がない。
従つて本件買収計画は有効と認める外ない。仍て、本件買収計画の無効の確認を求める原告の請求は理由がないから棄却することにする。
而して、農地の買収にして、有効な以上農地の所有権は国に帰属し、かりに、その後における農地の交換が無効であつたとしてもただ、国が依然として、当該農地の所有権を有していることになるだけであつて、本件交換当時においては、原告は、右農地について、何等の権利をも有していなかつたから、その当時においては交換の無効を主張する利益はなかつたのであるが、一方、本件農地が買収後自創法施行規則第七条の二の三により五年間売渡保留の指定をうけたこと、及び、証人林秀雄、同水戸岩五郎(第一回)の各証言、原告本人尋問(第一回)の結果によつて認められる本件農地が交換前からすでに郵政省が用地として買取りたいとの要望があり、交換後間もなく訴外水戸作太郎から、郵政省に売却せられ、現在同省松山郵政局のテニスコートになつているという事実に弁論の全趣旨を綜合すると、本件農地は農地法施行令第十六条第四号に照し、農地法第八十条の「自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認」められる農地に該当するものと認めるのを相当とするから、農地法施行後の現在においては、交換が無効であれば、原告が買受を希望する限り同法第八十条によつて、国から買収前の所有者である原告に対し本件農地が売払われることになり、原告は売払をうける権利を有することになる。
従つて、原告は、現在においては、交換の無効の確認を求める訴の利益を有するものといわなければならない。
(二) そこで、進んで本件農地の交換の指示が無効であるか否かについて判断する。
原告は、本件交換の指示が無効である第二の理由として、自創法第二十三条による、農地所有権の交換は、買収農地と小作地とを交換すべきであるのに、本件農地と交換された農地は、水戸作太郎の所有で、同人の同居の長男政雄が耕作を営む農地であつて、これは自作地であるから、右交換は違法であると主張するので、先づこの点について考究することにする。
証人水戸岩五郎の証言(第二回)に弁論の全趣旨を綜合すると、本件農地と交換された訴外水戸作太郎所有の農地は、当時同訴外人と同居の子である水戸政雄が耕作の業務を営んでいたものであることが認められる。そうすると、自創法第二条第四項により、耕作の業務を営む者の同居の親族が有する当該農地の所有権は耕作の業務を営む者が有するものと擬制される結果、右交換農地は、同法第二条第二項にいう自作地と看做すべきものと解すべきである。而して、同法第二十三条による農地の交換は、原告主張のとおり、政府の買収した農地と、他の小作地との所有権を交換しなければならないことは、同条の規定に照し疑う余地はないのであるから、本件交換に関する指示は買収農地と自作地との交換に関してなされたことになり、同法第二十三条に違反し違法であるといわなければならない。ところで、一般に行政処分が無効となるのは、当該処分に重大且明白な違法のかしがある場合であると解するのを相当とするから、この見解の下に、右違法は本件交換の指示を無効ならしめるか否かについて考察する。
自創法第二十三条にいう自作農の創設を適正に行うため特に必要があるときは、主として、小作農が買収農地の売渡をうけて自作農となる機会を各小作農につき均等ならしめるため特に必要な場合をいうと解するのが相当である。詳言すれば、買収農地の小作農は、他に多くの農地の売渡をうけているのに他の小作農が偶々非買収農地について小作しているため、当該農地の売渡をうけることができず、買収農地の小作農に比し、同じ小作農でありながら、不公平な結果を招く場合があるから、このような結果を是正するため、買収農地と非買収農地とを交換し、買収農地を政府の買収しない農地として取扱い、一方本来の非買収農地を政府の買収した農地と看做して、その小作農に売渡し、公平な結果を招来しようとするのである。従つて、買収農地と交換される非買収農地は、当然小作地でなければならないことは言うを俟たないところである。だから、同条においても小作地と交換すべきことが法定されているのである。それ故、買収農地を自作地と交換したのでは、自作地には小作農はないから、小作農に売渡するということはできず、従つて、交換の目的を達することはできないから、小作地と交換することが自創法第二十三条の農地所有権の交換の絶対不可欠の要件である。かく解すると、自作地と買収農地とを交換した違法は重大な法規違反であるといわなければならない。尤も父所有の農地を同居の子が耕作を営んでおるとすれば、所有者と耕作の業務を営む者との人格は別個であるから事実上は、旧所有者以外の子に売渡すことが可能であるから、所有者自身が耕作している普通の場合と多少事情は異るけれども、前記のように、法律は擬制によつて本件交換農地の場合をも普通の場合と同様自作地として取扱うことを要請しているのであるから、いずれの場合も、重大な法規違反であることにはかわりはない。
次に、右違法のかしが、明白であるか否かについて、考えるのに違法のかしが明白であるということは、違法と判断される基礎的事実の存在が、特別の調査や、認定を俟つまでもなく、容易に認識しうる場合をいうものと解すべきところ、証人水戸岩五郎の証言(第一回)によれば、本件交換農地の所有者水戸作太郎は、交換当時の被告委員会会長水戸岩五郎の兄であることが認められるから、右農地は所有者水戸作太郎の同居の子である政雄が耕作を営んでいたという事実は、特別の事情なき限り、被告において充分認識していたし、また特別の調査をなすまでもなく容易に認識しうる状況にあつたものと認めるのが相当であるし、且右の事実はそれ自体から見て当該農地の附近の一般人或は右農地の利害関係人においても、特別の調査や行政庁の認定をまつまでもなく、充分認識し且容易に知りうべき事柄であると解せられるから、右違法のかしは結局外観上明白なものであると認めるのが相当である。尤も、本件交換農地は、普通の自作地のように、所有者自身が耕作の業務を営んでいるのではなく、所有者以外の者が耕作の業務を営んでいるのであつて、ただ前記のように自創法第二条第四項による擬制に基いて自作地と解すべき場合であるから、一般人がすべて右の法律の擬制を知つているとはいえないが、前にも述べたように違法のかしの基礎的事実の存在にして右のように明白である以上、右法律の不知は、前記違法のかしの明白であるとの認定を左右するものではないと考える。
以上の如くであるから、本件交換の指示の違法は重大且明白であつて、結局無効のかしにあたるといわなければならない。従つて、他の判断をまつまでもなく本件交換の指示は無効という外なく、その無効の確認を求める原告の請求は理由があるから、これを認容する。
仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 荻田健治郎)